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松尾寺(まつおでら)は、奈良県大和郡山市にある真言宗醍醐派の別格本山。山号は松尾山または補陀洛山(ふだらくさん)。本尊は千手観音。開基(創立者)は舎人親王(とねりしんのう)と伝える。日本最古の厄除け寺と称され、2月・3月の初午の日の縁日には多くの参詣者でにぎわう。境内にはバラ園があり、バラの名所としても知られる。なお、寺名は「まつのおでら」「まつのおさん」などとも呼ばれる。境内には湧き水もある。 == 歴史 == 矢田丘陵の南端近くにある松尾山の中腹に位置する山寺である。慶長11年(1606年)成立の『厄攘(やくよけ)観音来由記』、延宝4年(1676年)成立の『松尾寺縁起』等によると、当寺は天武天皇の皇子・舎人親王が養老2年(718年)に42歳の厄除けと「日本書紀」編纂の完成を祈願して建立したと伝わる。なお、松尾寺の北方の矢田丘陵に位置する東明寺(大和郡山市矢田町)も舎人親王の開基を伝える。 『続日本紀』延暦元年(782年)7月21日条には、「松尾山寺」の尊鏡という当時101歳の僧についての言及がある。また、松尾山の山頂近くに位置する鎮守社の松尾山神社境内からは奈良時代にさかのぼる古瓦や建物跡が検出されており、当寺が奈良時代の創建であることは間違いないと思われる。 中世以降は興福寺一乗院の支配下に属するとともに、法隆寺の別院とも称された(松尾寺は法隆寺の北方に位置し、法隆寺西院伽藍の背後から松尾山へ至る参詣道がある)。 現存する本堂は建治3年(1277年)に焼失した後、建武4年(1337年)に再建されたものであり、本尊の千手観音立像は鎌倉時代の作である。なお、本堂の解体修理中の昭和28年(1953年)、屋根裏から焼損した仏像の残欠が発見され、これは建治3年の火災以前に祀られていた旧本尊像ではないかと推定されている。 松尾寺は室町時代以降は修験道当山派の拠点としても栄えた。「当山派」とは、吉野の金峯山を主な修行の場とし、醍醐寺三宝院を本山とする真言宗系の修験道で、聖護院門跡を本山とする「本山派」に対する呼称である。当山派では山伏の最高位である正大先達(しょうだいせんだつ)を中心として「正大先達衆」という組織を構成したが、松尾寺には当山派正大先達衆に関わる多くの古文書が残されている。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「松尾寺 (大和郡山市)」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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